高等遊民前夜

毎日やっつけエブリデイ

何もない場所になってしまった

12月31日(木)。朝から雪。

正午くらいに起床して、twitterのタイムラインを一通り見て眠気を覚ます。年末年始は70人しかフォローしていない私のタイムラインも濁流になる。この感じが年末感あっていい。実家にいると、普段みたいに朝起きて洗濯機回してご飯作って、っていうルーティーンから一時的に絶たれるから、身体が収まる場所を無くして変な感じ。

パートから帰ってきた母が昼ごはんにとモスバーガーのテリヤキチキンバーガーを買ってきた。ポテトセットのやつ。母は家事と名のつくものの全てが苦手であり、ほとんどやらない。特に料理は死ぬほど嫌いらしいのでほとんど作らない。たとえ正月であろうとそれは変わらないのだ。今でこそ家事は女性だけの仕事ではないって風潮だけれど、昔からそれとやっていたのだから前衛的だ。我が家は父の方が料理ができる。

昼食後はスイッチやったり、このブログの設定をいじったりして時間を過ごす。そうしているうちに身体が凝ってきたので、近くを散歩しに出た。外は雪が降っていて、雪が降っているからこそ、湿度が高くさほど寒くない。家からしばらく山を下っていくと川があり、川沿いの歩道を歩いた。今年下ろしたお気に入りのコートに雪がよくついた。

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子どもの頃のこの土地は、本当に何もなくて、誇れるものが豊かな自然と綺麗な空気しかなくて、信号や歩道も整備されてなくて、完璧なただの田舎だった。それが田舎としてよかった。今は団地も増えて、歩道や信号が整備され、山は大幅に開拓された。生活感が漂うけれど娯楽はない、人は住むだけの本当になにもない中途半端な田舎になってしまったように思う。中途半端な田舎がいちばんつまらないよ。昔はもっときれいに見えたのに、と思うのはノスタルジーのせいだろうな。 そうは言っても、自分のかつて住んでいた実家だって、きっと山を切り拓いて建てたのだから、なにも言えた義理はないのだけれど。

私は大学も、大学院も、就職先も、実家から通おうと思えば通えたわけだけれど、すぐに一人暮らしを始めた。とにかくこの土地にはあまりいい思い出がない。田舎は田舎特有の濃くて狭い人間関係があって、ムラ社会で、それが息苦しくて早く抜け出したかった。小学校の頃は特にスクールカーストが凄まじくて、気が強くてスポーツのできる女の子たちが上に君臨していて、徹底的にいじめられたりした。死にたいと思っていた記憶しかない。

スポーツはできなかったけれど、勉強はなぜかできたから、なるべく遠くの高校にいきたいと思って、中学校の先生に勧められた市街地の進学校のうち、自分で通える距離にある高校に進学した。それからだいぶ息がしやすくなった。それでも地元の繋がりは常にあって、折に触れて嫌だった。今でも地元にずっと残っている同級生が多い。私を知っている誰かに合わないか気がかりで、夕暮れ時に散歩をした。
思えば、まだ私と交流のある数少ない地元の同級生は、みな地元を出て別のところに住んでいる。類は友を呼ぶというか、そういうことだろう。

散歩ついでに近所のファミマでお菓子を買って帰宅。母親から「どこどこの〇〇ちゃんは結婚したらしいよ」という話を聞く。そうそう、こういう閉鎖的な感じが私はきらいだったのだ。噂がすぐに広まって、周囲の様子をつねに気にしている感じ。都会は他人にいい意味で興味がなくて、それがやさしいなと思う。

夜は寿司。相変わらず料理をする気のない母。

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