高等遊民前夜

毎日やっつけエブリデイ

生活は続く

 土曜日です。休みです。最近は仕事がかなり詰んでいるから、休日に起きて「あ、今日は休みだから出勤しなくていいんだ」と思うと心の底から安堵する。当然のことが当然にうれしい。7時半くらいに起きてコーヒーを淹れて飲む。同居人がどこからか買ってきたロイズのクルマロチョコレートを食べる。クルマロはクルミとマシュマロのことだろうか。

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 平日に掃除やら洗濯やらを全然やっていないから、休み中になんとか処理しないといけない。平日にサボると休みが休みじゃなくなる。ついでにご飯の作り置きをしないと来週の私が死ぬ。

 こういう時に、「時短レシピ」とかいわゆる時短系家事を勧めてくる人が周囲にいるのだけど、なんだか息苦しいなと思うことがある。もちろん、こういう時短のコツには、目から鱗の素晴らしいアイデアもあるし、実際にお世話になっていることもある。けれど、大変な家事がなんでも時短で手軽にできる(だからやれ)みたいな空気がすごく苦手だったりする。きっとみんな、毎日が忙しくて生活するのも精一杯で家事ができなくて、本当は長時間労働とかが抑制されるべきなのに、私たちの生活を時短して長時間労働の生活に合わせていけばいい、だなんておかしい。
 最近の私と同居人は、お互いに忙しくふたりの生活すらままならなくなっている。遅くに帰ってきて、なにかテキトーに胃に入れて風呂入って寝るだけみたいになっている。そんな状態で、工夫すれば時短でできる!とか言われたら怒り狂ってしまうよ。だったら残業ありきで働くことが前提のこの世の中をどうにかしてよ、って。働くお父さんお母さんの怒りはもっとすごいだろうな。

 昼。宅配で服が届く。残業のしすぎで頭がおかしくなった私が、深夜テンションでポチったやつ。FRED PERRYのポロシャツ。袖が短いやつ。高いけれどフレペは丈夫で長持ちするから好きだ。200回くらいは着たい。

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 深夜テンションで狂っていたから、同居人の分まで買ってプレゼントした。めちゃくちゃ喜んでその場で来てくれたから良し。私の激務は報われたと思う。同居人は腕が異様に長く、普通のTシャツなどを着ると袖が足りないのだけど、運良くオーバーサイズのポロシャツがあったからそれを贈った。袖の長さもちょうど良さそう。

 夕方、同居人はライブ参戦で不在。私は映画でも観ようと伏見ミリオン座へ。『ノマドランド』を観た。

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 ノマドとは、放浪の民のこと。車を改造して旅をし、アルバイトで食いつなぎながら放浪する。主人公は慣れ親しんだ街を失い、夫を失い、高齢のため定職に就くこともできない。ノマドという生き方をする主人公は、その生き方があたかも自分自身で選んだ生き方のように、周囲の人に言われ責められる。本当はそれを選ばざるを得ない状況にあるだけなのに。自己責任みたいに言われてしまう、そのことが辛かった。

 でも映画において、資本主義社会への批判とか、国や政府への不満とかはほとんど出てこないのは意外だった。安易に世の中への批判に向かわない。けれどそこにあるのは諦念だと思う。「社会から放り出されたのなら、放り出されたもの同士で助け合う」みたいなセリフがあった。誰も助けてくれない。だから困っている人同士で助け合う。そうしているうちに、ノマド同士の交流、出会いと別れと再会、自然と共に生きていくあり方、そして死ぬまでの生き方。そういった一人の人間としての生き方みたいなところに主題が向かっていく。全てを失い、社会を憎み恨んだところで自分の生活は続くし、続けていかなければならなくて、続けたくないなら終わらせなければいけない。いつの日かの自分を見ているのかもしれないと思いながら観た。

 映画後は同居人と合流してそのまま伏見駅周辺でご飯。お互いの感想を言いながらピザを摘んだ。連日の外食なんて罪深いけれど気分はいい。

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