高等遊民前夜

毎日やっつけエブリデイ

骨を拾う

 木曜日。朝から雨。実家で7時に起床。昨夜は3時くらいまでひとり起きていたからかなり寝不足だ。朝イチで近所のコンビニへ行ってポストに短歌研究新人賞の歌稿を投函し、栄養ドリンクを家族分買って戻った。今日は朝からずっとバタバタで、食事の時間があるかわからないから念のため買っておく。

 礼服に着替え、10時過ぎに家を出た。葬儀を行う会場に着き、親族に挨拶。あまりに急なことで、みな実感が湧いていないようであった。喪主はかなり疲弊している様子だった。急に亡くなったものだから葬儀の予定など立てていなかったらしく、亡くなった直後から手続きに追われて眠れていなかったらしい。ただその忙しさに救われてもいるようすだった。本当の悲しみは葬式後に来るだろう。祖母は安らかな顔をしていたけれど、癌のせいで腹水が溜まって妊婦のようになったお腹が痛々しかった。これを隠しながら生活していたなんて壮絶だ。なにが祖母をそこまでさせたのだろう。

 祖母は九州の出で、枕崎の何もない港町で育った。家の庭でつくった芋を背負って道端で売り、自分の手で友達のぶんまでお金を稼いで、一緒に映画館に遊びに行くようなたくましい女の子だったらしい。強くて頑固で気高かった。病気に伏してもそれは変わらなかったのだろうか。

 11時から告別式。その後は火葬場に向かい、祖母が骨になるのを待った。個人差はあれど1人の人間が骨になるまで1時間かかる。それがたった1時間なのか、1時間しかかからないのか、私にはよくわからない。前に骨を見たのは、祖父が亡くなった時で、私は小学生だった。その時の祖父は、長年抗がん剤治療をしていたからか、骨はぼろぼろでどこの部位のものか判別できないほどだった。それと鼻をつんざくような匂い。大量の髪の毛を燃やしたような匂い。骨はところどころピンクがかっていて、それは薬品によるものだということだった。
 骨になった祖母は、ほとんど骨がきれいに残った状態で火葬場から出てきた。祖父の時のような匂いもなく、変色もしていなかった。80代になってもほとんど病院の世話にならず、健康的に過ごすことができたからだろう。足腰も丈夫で、どこまででも歩いて移動していたから、足腰の骨もきれいに残っていた。寝たきりになることなく、直前まで元気なまま突然に死んでしまったことは、本人にとって幸せだったのだろうか。

 骨を骨壷に納めたあとは、再び告別式の会場に戻り、初七日法要。終わる頃には17時を過ぎていた。長くて短い二日間だった。会場からその足で最寄り駅まで向かい、妹と電車に乗った。私も妹も明日から仕事だ。途中、八事のイオンに寄って、職場に持っていく菓子折りを買う。その後、閉店ギリギリのうどん屋で慌てて食事を取った。久々の固形物だった。

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