高等遊民前夜

毎日やっつけエブリデイ

貧すれば鈍する

 貧すれば鈍する。同居人と共同でそれぞれ手取り賃金の4割ずつを拠出してまわしている家計があり、余ったお金をちまちま家計の貯金としている。同居し始めて10ヵ月でそれが20万円になった。通帳や財布の中身をかき集めればもう12万円くらいあって、ようやく生活はある程度の余裕が生まれたと言える。急に家電が壊れても買い替えられるし、二人とも職を失った場合にもしばらくは食いつなげる。とりあえず何かあっても対応できるという安心感が生まれる。

 お金があればいいとは思わないけれど、それなりのお金が手元にはないと健康的な生活は送れないと思う。私が初めて深刻なレベルでお金に困ったのは大学院生のとき。典型的な貧乏学生で、可能な限りバイトを詰め込み食費を削って生活していたけれど、研究をするというのはお金がかかる。お金がかかる研究をしていても、就職先があるか分からないという袋小路だった。学会の出席費用や書籍の購入費用を捻出するためにバイトをするけれど、働けば働くほど研究にかける時間が無くなる。時間を作ればお金が無くなる

 まだ実家の世話になっていたから、せめて寝るところがあるという安心はあった。ただ生活は常にひっ迫していた。やりたいことを実行するための時間がない苛立ちと将来への不安で、常に不安に駆られていた。母国からの奨学金が豊富にあり有意義な研究生活ができている留学生が心底うらやましかった。この国に生まれたことを憂いても仕方ないから頑張るんだけど、無理というものはあって、だんだん首が回らなくなっていった。大学院に行き、終わったら夕方から早朝までバイトをし、帰宅してちょっと眠ってまた大学院へ。
 こういう状況を愚痴ってみれば「自分で進んで臨んだ道でしょ」「本当にやる気があるなら困窮しても頑張れるでしょ」という言葉を死ぬほど聞かされた。やる気だけで頑張れるならこの国にはもっとやる気に満ちていて優れている人があらゆる分野でたくさんいたはずだ。やる気だけでは何もできない。外野からはいろいろ言われるが、私がどうにかなってしまったとき、誰も私を助けてはくれないのだ。私は自活しなければいけない。そうして研究者の道には進まなかった。今思えばなかなかに病んでいたと思う。

  就職して一人暮らしを始めてからしばらくは、それに輪をかけて貧乏だった。院生時代がそもそも貧乏学生だったから貯金なんてなく、かろうじて残しておいた引越し資金は引越しで使い切ってしまうえ、新居はどうぶつの森の最初の家みたいな感じで段ボールしかなかった。絶望のスタートを切って、仕事に必要な者や生活必需品を買いながら生活を軌道に載せなければいけない無茶ぶりが始まった。一年目の給与なんて本当に少ない。本当にひどいときは家賃滞納したり、食費を節約するために一袋10円で買ったたたき売りのかっぱえびせんを3日に分けて食べたりしていた。そして常にお金がないことの不安に駆られ苛々しているのだった。

 貧すれば鈍する、というのは本当に至言で、お金がないという事実自体があらゆる行動を制限するだけでなく、思考そのものを鈍くしてしまう。お金がないという不安に支配され、常にそのことを憂うような思考回路になる。四六時中そのことを考え、それ以外のことが入り込む余地が無くなり、あまりよろしくない状態になる。
 かつての自分の状況を思えば、いまは自分の貯金も家計の貯金もそこそこ貯まり、金銭面での精神的な不安はない。とにかくすべてを切り詰めなければいけないと考えていた頃とは違い、使うときは使い、我慢するときは我慢するという、いたって健常な思考を保てている。すべてをそぎ落とした生活は無味乾燥で面白味がない。恐ろしい事には、なぜ当時の私があんなにも不安に駆られ苛々していたのか、思い返しても分からないのだ。お金は怖い。学生時代の私に言うなら、月1000円ずつでも積み立てた方がいいよ、NISAとかもやった方がいいよ、くらいしかない。あの頃はあのころで必死だったし、あれ以上の努力は無理だっただろう。いろんな人が挑戦したいことに挑戦できるような、余裕のある世の中になってほしい。

 仕事からの帰宅後、メルカリで外国の人から買ったTHE 1975のレコードを聴いた。透明のビニールだ。これで音が鳴るなんて毎度のことながら不思議。かっこいい。英国のポップなギター・ミュージック。メルカリの人はこちらの貧相な英語にも屈せず丁寧に対応してくれた。ありがたい。

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The 1975

The 1975

  • THE 1975

  念願の青葉市子『アダンの風』も届いた。こちらは発売したてほやほや。架空の映画のために作ったサウンドトラックという無敵のコンセプトだ。数年後には絶対に価格高騰して買えなくなるから買っておきたい一枚だった。たぶん私に大きな影響を与える一枚になる予感がする。死ぬまで所有していたい。アートワークの女性、青葉市子本人だとか。本当に存在する映画みたいだ。

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帆衣

帆衣

  • 青葉市子

  こうやって欲しい音楽を買ってほそぼそと楽しめるのも、ようやく生活が軌道に乗ってきたお陰だなあ、と思う。あのまま無理して研究者を目指していたら、今頃違う人生だったかもしれないと思うと口惜しいけれど、これもこれで悪くないし、きっとどちらを選んでも正解だった。このささやかな楽しみと平穏を守って生活を続けていきたい。お金のことを考えて生きなければいけないのは味気ないし嫌な大人になったなって感じもするけれど、自活する以上は避けられない問題であるのであって、こういう悩みがあること自体が自活していることの証左なのかもしれない。

 

(レコードたち。多分いまが最安なのだろう)