高等遊民前夜

毎日やっつけエブリデイ

知りすぎてしまった

 水曜日。週の折り返しのため、今日が終われば気持ち的に随分と楽になる。惰性でもなんでもいいから、さっさと乗り越えて楽になりたい。同居人は早出ですぐに出勤していたからひとりでコーヒーを淹れて飲む。外の日差しは強い。朝からすっきり晴れているのは好ましい。ただ天気予報ではしきりに「大気の状態が不安定」と繰り返す。ここからしばらくはこの表現を幾度となく聞くのだろう。

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 仕事。午前中は平和。やることはめちゃくちゃ詰んでいるが電話が鳴らず集中できてとてもよい。
 午後。超ド級案件が降ってきて、あまりの途方もなさに白目剥きそうになった。圧倒的守秘義務により何をやっているのか言えないのがもどかしく、私のストレスも溜まるのだけど、端的に喩えて言うと、あるトラブルにあらゆる関係者が介入した結果、拗れに拗れた怨念の産物みたいな案件の対応をすることになった。関係者たちの主張と感情と恨み節が渦巻いている、まさに触らぬ神に祟りなしという状況だけれど、仕事上対応しなければならない。ただし、どう対応してもその後もトラブルが続きそうな、最適解のない案件に思える。何をしても、何をしなくても、このトラブルが収束することはない。最悪の場合、訴訟沙汰だ。もらっているお給与に対する責任が重すぎる。人の怒りは怖い。感情の中でもっともエネルギーを持つものは怒りだ。怒りが人を突き動かす。この夏は平和に仕事したかったのにな。

 目を通さなければいけない資料だけでタウンページ10冊分くらいの分厚さがある。まずは読まなきゃ、と言うことで残業をしてひたすらPCに張りついてPDF資料を読む。私は全ての公務員系志望の人に言い続けたいのですが、なんの専門資格もない一般事務採用の職員(私)がこういうことをやっているのです。希望してやっているわけではないのです。事務が書類を作成したりだけの楽な仕事というイメージは残念ながら現在はフィクションかと思います。ご注意ください。PCの前に座って電話に出て、とても楽そうに見えることが多いですが内実は悲惨です。業種によって仕事の辛さのベクトルは様々だから、この仕事だけが辛いと言いたい訳ではないが、世間が思うような仕事ではもはやないことは確か。22時過ぎにネット回線の調子が悪くなってとりあえず退勤。

 帰宅。同居人も少し前に帰宅らし。ビルメンテ業だからか、ゲリラ豪雨による停電対応でそれはそれは大変だったようだ。たしかに今日の雨も酷かった。セブンイレブンで買ってきた惣菜で即席メシとした。帰り道の飲食店は時短営業でこんな時間にはやっていない。コンビニが生命線だ。自炊の暇がなくてダメにしてしまった野菜を捨てた。普通の生活さえままならない。23時半ごろ夕食を食べた。

 風呂に入り、仕事の続き。もちろんこれは自己研鑽という名のサービス業務だから残業代は出ない。流石にタウンページ10冊分程の文書は明らかに機密文書だから自宅に持ち帰るわけにもいかず、法律や過去の判例などの前例を調べ、対応策やロジック的な部分を練る。ナイーブかつセンシティブな案件だから、考慮するべき事項が多すぎて、トラブルの登場人物の相関図を描きながら対策案を作っていたけれど、相関図ぐちゃぐちゃの複雑な様相となり、げんなりしてとりあえず白紙に戻した。可能な限り早くたたき台を作り、係内(といっても私と係長のみ)で方針を決めないといけない。

 近年あまりに組織の中央寄りの部署で仕事をしすぎて、一職員が知らなくてもよいことを知りすぎてしまった気がする。膨大かつ複雑になっていく仕事も、組織の財政難も、人手不足で破綻している現状も、人がバタバタ倒れていく様子も、あらゆるところで起こったトラブルも、すべて自分の手元を経由していくから、否が応でも知ることとなる。嫌な部分をたくさん見てしまった。けれどこれが現実だとも思う。私の前任者が人に迷惑をかける時期に迷いなく転職したことも、私の元上司が病んでしまったことも頷ける。私の座っている席はおそらくそういう場所だ。あまり長くいるべきところではない。そしてこういう席は、この職場内にも他の職場にもたくさんある。知ることができてよかった気もするが、もっと末端の席で、何も知らない一労働者として働けたらよかったとも思ってしまう。今後は、給与と退職金も減らされ、仕事だけは増え、時短勤務をとっても時短勤務できず、休まないのに書類上は休んだことにしないと回らなくなっていく。

 辞めたいと常々思っているけど、ツイッターランドを見る限り、どこもかしこも世の中は地獄みたいだ。ただ平穏にほどほどに暮らしたかっただけなのにな。現代ではしんどいことがデフォルトなのかもしれない。みんな普通にみんなしんどい。