高等遊民前夜

毎日やっつけエブリデイ

顔を作らなければならない

 火曜日。すでに疲弊しているが仕事は行かねばならない。どうかしている。アボカドが半玉余っていたからスライスしてホットサンドを作り、ジップロックで持参して昼食にすることにした。夏は食あたりが怖くて気を遣うが寒い季節はこういう弁当もできて楽。正直毎日ホットサンドでいいとさえ思っている。安上がりなので。


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 外はけっこう強い雨ですべてが嫌になる。適当に化粧をして顔を作り出かける。私は生まれつき顔色が悪い。リップを塗らないと血色皆無で死ぬタイプの人種だ。だからちゃんと顔を作らないと体調悪い人みたいになる。だからなるべく早くクマを隠し、唇に血の気を与えないといけない。そうしないと健康な顔にならない。でも最近はちゃんとするのも馬鹿馬鹿しくなってきて手を抜いている。クマは隠さず、血色も良くせず、眉もガタガタになってきたけど構わず、疲れた顔のまま出勤する。だって疲れているのだから。これくらいは許容してほしい。

 私にとって、化粧にまつわる嫌な経験は二つあって、大学時代のバイトの時と就活の時だ。バイトの時の話は直接私の顔のことではなかった。塾講師のバイトをしている時、最年長のバイトの男性Nが、急用が入った塾長に「塾講師の面接代わりにやっておいて」と言われて対応していた時。その塾長の対応もどうかと思ったけど、問題はそのあとだった。面接を受けに来る女の子は、大学の部活帰りに来る予定だったらしいが、で電車の遅延のため「身なりを整えて行きたいので、面接の時間を遅らせてください」と電話をしてきた。それに対してNは「そのままの格好でいいから間に合うなら時間通りに来てほしい」と言ったため、女の子は部活帰りのジャージ姿で面接に訪れた。ペーパーテストも面接の内容もとてもよかったらしい。ところがNは、女の子が化粧をしていないことを理由に不合格にしたのだった。

 その女の子は部活により化粧は落ちていたけど、化粧をしていないわけではなかった。それは化粧をする人間であれば明らかだったけど、Nにとっては「化粧をしていない」から落とされた。おまけにその女の子は、部活帰りそのままの姿で面接に行くのは相応しくないと考え、事前に電話で相談している。そのまま来いと言ったのはNだったのに、女の子はどうしたらよかったのだろうか。Nにとっては、化粧は気を遣う「見なり」ではなくて常に欠いてはいけない常識だったのだろうか。私はその時、これから生きていく上で、自分を選ぶ者が化粧をしない者であるときには相手にわかるように顔を作らねばならないのだと気付いてとても悲しくなったのをよく覚えている。ただそれだけの理由で結果が変わることもあるのだと。

 もう一つはある東京の出版社の最終面接で、面接官に「あなたは青白くて顔色が悪いから、身体が弱くて業務に支障があるのではないかと心配している」と言われて絶句したことだ。私の肌の色は生まれてからこの色で、自分ではどうにでも出来ないもので、肌の色は健康状態と必ずしも結びつくとは限らない。そんなことは誰だって分かるはずなのに、なんで見た目で判断するような意地の悪い質問をするのだろう。これがたくさんの就活生が目指す出版社のトップたちなのかと悲しくなった。こういう話をすると「多分それで就活生の反応を見ているのだ」と面接官をフォローする言説を見聞きするけど、私は、相手の反応を試すためなら何を言ってもいいという、選ぶ側の見えすいた傲慢さみたいなものが嫌いだった。それがその面接官の本音だとしても、本人に言っていいことと悪いことがあるはずだ。そしてそれは「相手が顔色に悩んでいるとは知らなかった」とかいう話ではなく、単に想像力や欠如の問題だと私は思う。これはどんなことに対しても言えるけれど。就活は本当に嫌なことが盛りだくさんの経験だった。この世にあらゆる差別や偏見があって、それらをまざまざと浴びせられた、選ばれる側がいかに弱いかを痛感させられた。

 化粧も、自分のためだけにやる分には楽しくて、自分のために化粧をしないことも楽しい。それでも自分の意思とは無関係に「顔を作らなければならない」、化粧しないことで不利益を被ることがたくさんあって嫌だ。だから反逆のつもりで、最近は手を抜いている。

 仕事。最悪。すべて最悪。22時過ぎに逃げ出すように退勤。凍らせたゼリーを食べて寝た。

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