高等遊民前夜

日記と考え事のログ

受験回顧

  水曜日。起床時はとても晴れて明るかったけれど、この後しばらくして雪が降ってきた。今回の冬はなにかと雪を目にすることが多いなと思う。今週末にかけてもなんどか雪を見ることになりそうだ。週末は世間的には大学入学共通テストだから、あまり悪天候にならないことを思う。

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 今の時期にここを見る受験生なんていないと思うが、せっかくだから私の受験の話でも。私はセンター試験を2回受験しました。浪人ってやつです。私はどちらかというと年に一度のチャンスというシチュエーションが嫌いで本番に弱いタイプだから、あまりいい思い出はない。1回目はまあ、そもそも進学校のなかではなかなかにグレていて不真面目だったから然もありなん、という感じだったけれど、ちゃんと頑張った2回目もなんだかんだで苦労した。
 私は壊滅的に数学が苦手で、高校三年間で数学だけに悩み苦しみ泣かされてきたといっても過言でないくらい。今でも2桁+2桁の足し算でさえ、繰上りがあると紙に書かなきゃ不安なくらい数字が苦手です。そんなこんなで、一生懸命数学を勉強するのだけど、どうあがいても全然だめで嫌になった私はグレた。頑張らなきゃ頑張らなきゃと思って予習も復習も誰よりも自主的にやって教員に驚かれたのにダメだった。1回目のセンター試験では数学でボロボロになり、私大は第一志望も合格していたのだけど、第一志望の国立は厳しいな、という状況でした。(そして実際にダメでした。)まあそうなったら東京の私大か、と奨学金の手続きを進めようとしていたら「私立に行かせる金はない」と親の反対にあって、泣く泣く二回目の受験をすることになります。担任の先生にはめちゃくちゃ反対されて、私大の第一志望に行くべきだって怒られました。(のちに親が私大に反対したのはお金の問題ではなく、私を地元に縛り付けたかっただけだと知りますが、それは別の話なので割愛。)

 2回目の受験生。世間的には予備校に通って浪人するのが普通なんでしょうが、私はいろいろあってアルバイトをしながら家で勉強をしました。パン屋で早朝5時からパンを焼き、昼の3時に退勤、自宅に帰り勉強する毎日で、毎月家にお金を入れていました。なぜこんな生活になったかというと、浪人をしたのはおまえの責任だから、浪人にかかる費用は自分で出しなさいという家族の理論です。いろいろツッコミどころはあるのですが、このころから私はなるべく穏便に受験をし、ストレスを溜めずに進学し、将来的に早く家を出ることに注力するようになります。成人してなんでも一人で決められる日々を渇望していました。
 肝心の勉強ですが、やっぱり家での勉強の日々はめちゃくちゃ大変だった。自分ひとりで理解できないから、ではなくて、家族の干渉があったからです。自分の部屋があるけれど、毎日家族に監視されている感覚があるのです。そして顔を合わせれば、暗に私に圧をかけるようなことを口々に言ってきます。あの子はどこどこ大学に行ったとか、どの大学にも受からなくて恥ずかしいとか、また失敗したらどうするのか、という嫌味を毎日毎日言われては、着実にHPが削られます。おそらく親は無意識に言ってるのでしょうが。だから、経済的に難しいとか、ほかの人と会いたくない、一人で勉強したいという明確な理由がある場合を除いて予備校にはいったほうがいいんじゃないかって思います。一人でできるというのは、そこそこ本人に適した環境があって、自律的に勉強ができる人に限られると思います。

 私は自律的な人間ではないから、がちがちにスケジュールを組み勉強をした。国語と生物と社会(日本史、倫理)だけは謎の才能があって、勉強しなくても目標点とれる自信があったから、数学と英語をメインに一年間勉強して、息抜きに得意教科の過去問をやる。娯楽も何もない地獄のような毎日です。早く家を出て自由な日々を手に入れることだけが希望になっていて、それを思って頑張れたって感じ。家族に愚痴を言おうものなら嫌味が返ってくるから愚痴る相手もいなく、バイトの人間関係も最悪だったから本当につらい一年間でした。
 英語は、なかなか苦労しましたけど、ある日突然、これまでため込んできた知識の点と点が繋がって視界が晴れた感覚があって、急にほぼ満点をとれるようになったりと、勉強の醍醐味みたいな経験もできて大収穫もあった。でも数学は相変わらず苦しくて、最後の三か月は数学の戦略を変え、「最低でも7割とることに注力して、他の科目で可能な限り得点を稼ぐ」へとシフトした。この辺りで、人間の努力ではどうにもならない「適正」というものがあるんだと身をもって学んだ。一年間のほとんどすべてを費やした数学がてんでダメで、放置している文系科目は点数が取れるなんて、適正以外に説明ができない。数学をやる適性がないともっと早くに気付けばよかった。ともあれ、奇跡的な英語の飛躍と戦略変更が功を奏し、私は親の許しがでる県内の国立に進学して、しれっと家を出て、今に至ります。いま思うと勉強以外のムダなストレス要素が多い受験期だったなと呆れます。勉強に集中できる環境って大事だね。

 そんなこんなで私は一年の浪人を経た後に大学生となり、晴れて自由の身になったけれど、世に出てみると一年の浪人なんてほんと些細なことで、特になんの不自由もなく暮らせている。実際浪人や留学で一年遅れなんて人は履いて捨てるほどいるしね。受験生とか、これから受験生の人で、さまざまな理由で遅れをとることがあるかもしれないけれど、それで人生棒に振ることはないと思うから肩の力抜いて受験してほしい。あと、受験でダメだった時も後悔のない選択をしてほしいと老婆心で思います。私の周囲には未だに「滑り止めに行かずにもう一回挑戦したかった」ってひとめちゃくちゃいます。何年も何年も後悔し続けるんです。
 あとですね、大学生になった後は不思議なことがありまして、塾講師のバイトで、人手不足のため高校数学を担当しなければいけないことがあったとき、受験期にあんなにもできなかった数学が、受験が終わった途端にできるようになったりしました。苦手意識があるから生徒に教える前に予習するわけですが、解いていて「なぜこれがわからなかったんだ?」とおかしくなるくらい頭に入ってくる。この時、受験自体がストレスだったんだなと改めて気づいた。学校や親からのプレッシャーと、センター試験本番にすべてのピークをもっていかないといけないというプレッシャーから解放された瞬間に勉強が楽しくなった気がした。だから、本番で実力がでなければそれだけの実力だったということ、ていう風潮が強いけれど、それだけ周囲から強力な圧かけられてるのだから本当に優秀でも当日ダメになっちゃう人だっているよね。だから当日ダメでも腐らないでほしい。当日実力が出なかったから実力がないなんて嘘だと思う。

 なんでこんな話をするかというと、職場にも死ぬほど学歴コンプレックスこじらせて、人の学歴下げて自分を上げようとする人が多くてげんなりするんだけど、それほどまでに大学受験が人に与えるプレッシャーってすごいんだなって思う日々を生きているからです。受験に失敗したって自意識は人生に暗い影を落とすよね。でもこういうのなくなるといいよね。結局受験や進学で何をしたいか、何を思ったか、それからどうしたいかが問題だと思う。何はともあれ楽しくいきたいよね。志望校に受かったらきっと楽しいけど、失敗した先もきっと楽しいよ。昔の自分に言い聞かせる気持ちで、今の受験生に対して思ってます。