高等遊民前夜

ただの日記です。たまに考えごと

国際女性デー?

 火曜日。本日は「国際女性デー」ですね。1904年のニューヨークで婦人参政権を求めたデモをきっかけに制定された日で、当時の女性の勇気をたたえるのと同時に、今後の女性の地位や権利の向上を考えていくきっかけとなる日だと理解している。

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 正直この国の女性を取り巻く環境にはあまり期待をしないことにしているけれど、この数日間の企業のキャンペーンや広告なんかを見ていても、国際女性デーと言いながらも「すべての人を応援」と焦点をぼかしているのも多く、言わんとしていることはわかるが今日くらいは女性問題に焦点を当てて考えてみてもいいんじゃないかって思う。「母の日」に「すべての人に感謝を」とはあえて言わないわけじゃないですか。それを何でこの日に限っては、はっきりと「女性」と言わないんだろうな、って思う。それ以外によく見るのは「働くおかあさんを応援!」系。この国では、女性=産む性で、女性支援となると母親支援になるのだな、と痛切に感じるし、自分も産む性として見られているのだろうなと感じて窮屈に思う。シングルの女性だって山ほどいるぜ。結婚していなくたって子供がいなくたって女は女として存在しているのにね。

 回顧厨だから思い出話をしたいんだけれど、前の部署の偉い人が女性(Aさんとする。)で、役員ポストについていて、利権派の男性たちに物怖じせずに意見を言う勇敢な人だった。役員ポストに女性として入れたのは、正直なところ職場としての体のいい「役員に女性を配置して女性の意見を取り入れてます」アピールでしかないのだけれど、そんな状況もすべて理解し、少しでも職場をより良い方向に変えようとポジティブに頑張っている女性だ。そして末端の人にまで目くばせをし、私たちが残業をしていると管理職に直電して怒ってくれたり、「いいから早く帰ってね!」と言ってくれる人だった。
 特に印象的だったのが、Aさんがちゃんと話している人の目を見て話を聞いてくれることだった。大きな組織で生きていると、私のような末端の人間が発言していても私のほうなんて見ず、相手が私の上司のほうばかり見ているなんて状況は、ぶっちゃけ吐き気がするほどある。存在を軽んじられている事実を突きつけられながら働いている中で、私の目を見据えて聞いてくれる人が自分のはるか上に座っているのは、一つの希望だったと今になって思う。

 ただAさんはいろいろな地位にある男性から嫌われ疎まれていた。なぜなら彼女がいわゆる「もの言う女」だったからだ。何も恐れることなく正しいことを言う彼女は、予定調和の執行部には耳の痛い存在だったのだろう。(そして彼女自身も、自身が疎まれる存在であることはよく分かっていた。)ある日、私と当時の上司は、一部の偉い人たちの打ち合わせをセッティングするよう命じられた。何のための打合せかと言うと、「もの言う女」であるAさんを当時のポジションから引き摺り下ろすためのものだった。私と上司はもちろん反発したが、業務命令には逆らえなかった。自分が尊敬する人を引き摺り下ろすための仕事の片棒を担がされて、言葉もないほどやらせない気持ちだった。私は生活のためとはいえ、どうしてこんな気持ちになってまでここで働かなければならないのか、自問自答が今もまだ続いている。

 結局、一部のお偉方の思惑通りAさんは大きな肩書を失い、代わりにAさんとはタイプの異なる物静かな女性Bさんが起用された。これは代わりに起用されたBさんにも失礼な話で、Bさんは性格的に物静かなだけで「もの言わない女」ではないし、クレバーで芯のある女性だ。この人事は、お偉方(男性)にとって都合のいい、物静かでなにも言わない女性を望んだが故のものであることは誰の目にも明白だった。これではBさんに「世間体を気にして役員に女性を一定数入れないといけない。あなたに地位は上げるから何も言うな」と言っているようなものだった。Bさんは1年間役員を務めたものの、1年で職を辞してしまった。屈辱的だったのだと思う。こうして私の職場はまた優秀な人が偶然女性であったというだけの理由により、その人を一人失った。

 Bさんが辞した後、お偉方たちはいったい何を考えたのか、あろうことか自分たちが突き落としたはずのAさんに再度就任を打診した。(さすがにこれには、人としてどうかしているんではないかと思ってしまった。狂っている。どの面下げてお願いするのだろうか。)でもAさんは、「少しでも女性が働きやすくなるように頑張るのが私の役目だから」「もう嫌われているから何されても平気よ」と言って再度役員を引き受けて、今に至る。再就任といっても、必要最低限の仕事しか与えられず、もの言う機会を与えられない、完全に「干された」執行部内で、Aさんは闘っている。本当に強い人だと思う。その様子をはるか下方から見ながら、大きな組織で働く中で、偶然女に生まれて生きているということがどういうことなのかを、日々考えさせられる。

 私が日々働いている中で、悲しいことに、多くの男性からAさんの悪口を聞く。悪口の概略を要約すると「言っていることは正しいがそのせいで仕事が進まなくなり、迷惑をこうむる」「Aさんが発言すると場が荒れる」「正しいことばかりを優先していたら仕事なんてできない」というものだ。反対に女性からはAさんの悪い話はほぼ聞いたことがない。ここにすべての答えがあるような気がする。ここまでくると、正しさっていったい何だろうかと思って次第に哲学の世界に迷い込みそうになるから、やめる。「国際女性デー」と聞くと、本当に鼻で笑ってしまう。

 
 深夜に帰宅して、大好きなブランドHYKEから自分にとってどストライクなブルーの洋服が出ているのを知って、悩んだ結果、タイトスカートを買った。届くのが楽しみ。そういえばAさんも、いつも鮮やかなカラースーツを着ている。人によっては「バブルかよ」ってバカにするけど、私はいつ見ても素敵だと思っていた。エリザベス女王みたい。こう思うと、服はやっぱり自己表現であると同時に装備であり防具でもあるよなって思う。

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