高等遊民前夜

ただの日記です。たまに考えごと

暖簾に腕押し

 日曜日。昨夜は少し寝たからすこし体調がよくなった気がする。気がするだけだが気分は大切だと思っている。だましだましやっていかないとね。全てのことに敏感になっていると生きにくいのがこの世だなとつくづく思わされる。こんな社会だから「鈍感力」がもてはやされるのだろうと思う。疲れていることは自分でも自覚しているけれど、そのことで思いつめないように、直視しないように日々を過ごしている。

 朝。起床してコーヒーを飲む、一服した後に植物たちの水やり。10日くらい前に買ったワイヤープランツがなんだか異様なほど伸びている気がする。


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 縮れていた蔓がピンと張っただけの気もするが、明らかに伸びているような気もする。丈夫で生命力のある植物だから、水をたっぷりやって太陽にさらせばどんどん増えるようだ。蔓が垂れ下がるくらいの伸びたらハンギングして窓辺につるしてもいいかもしれない。

 その後はひたすら仕事。途中、このブログをしれっと更新したりもした。毎日ブログを更新して眠る生活なんて幻想だった。現実は厳しい。自分のTwitterを読んで記憶をよみがえらせながら、辻褄を合わせるようにブログを更新。仕事は相変わらず前年度の残務処理をしていた。今年度も早速新しいめんどくさ案件がいろいろ入ってきている。いつまでも昨年度モードのままじゃだけ急ぎ足でやった。

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 本日は同居人が休日出勤(ちゃんとお給与が出るやつ)で不在。同じく休日出勤(サービス)の私はとりあえず食べ物を適当に胃に入れ、ともかくも仕事を続けた。

 同居人の努める会社は人事労務がきちんとしている。残業はきっちり出るし、サビ残やサービス出勤をやりたくてもできないように勤怠システムを厳しくしているようだ。それは大きな会社だからというのもあるけど、以外にもつい数年前まではそうではなかったらしい。サビ残は当然で、暗黙のルールとして「若手は一日〇時間以上は残業をつけてはだめ」みたいな風習があったようだ。それがあるきっかけにより急に変わりだしたのは、数年前にあった若手の大量離職らしい。サビ残当たり前の現場に見切りをつけた若手が次から次へと辞めた。それだけではなく、辞めた若手たちは、辞めた理由を職場に言ってから辞めていったのだった。
 どこの職場もそうだろうけれど、人を採用して教育し一人前にするにはコストがかかる。一人前になったら会社に貢献してくれることを見越して教育にお金をかけるわけだけれど、仕事を覚え始めたばかりの若手が大量離職するのはとんでもない損失だ。ただ単純に人手が減って大変というだけの話ではない。残業代の支払いをケチったせいで、会社全体でとんでもない損害が発生してしまったという。同居人の会社の従業員はほとんどが技術職で、その技術をもって同業他社へ転職していくのだから、敵に労働力をみすみす渡していていたのだ。それに気づいてようやく会社がテコ入れをはじめ、きちんと勤怠管理をする体制が整えられたという。結局、よりよい職場というのは誰かが戦って勝ち取ったものだということなんだな。

 私の職場はどうかというと、戦いがないわけではない。組合の活動は盛んでかなりの発言力を持っているし、主張をする従業員も多い。ただ、それでも労働条件が改善されないのは弊職場が営利企業じゃないからだろうなと思う。従業員にお金を出したくないわけじゃなく、単純にお金がないのだ。弊職場には限られた収入と国からの交付金しかないから、出来的に収入が増えたりはしない。だから人件費を削り常勤を非常勤に置き換え、非常勤ができない分の残業がそのまま常勤にのしかかっているのが現状だ。戦う相手が弊職場のトップじゃなくて、もっと上の存在なのだ。
 その状況で今後も組織を運営していくためには、不要な仕事を減らして効率化しなければならないわけですが、残念ながらそれも難しい状況になっている。年々国からの交付金が減っているから、それを補うために、何か別の助成金等を獲得しようと試み、そのための仕事が増える。取れたら取れたで、その運用のために仕事が増えるという悪循環があるのだ。もはや救いのない業界になっているのかもしれない。ここでも若手が大量離職しないと分かってもらえないのだろうか。ずっと陳情しているんですけども。

 その後もぶっ通しで2時くらいまで仕事をした。日曜日とは。

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