高等遊民前夜

ただの日記

いつもの休日

 日曜日。9時ごろに雨音で目が覚めた。鋭角45度のひどい土砂降りだった。今日は選挙当日。足元がこんなに悪くてはただでさえ選挙から足が遠のいている人々が殊更に遠ざかってしまう。そんな風に憂いても私たちにできることはなく、私たちはいつも通り選挙に行くだけだった。

 無印良品から大きな段ボールが届く。寝苦しい夏の夜を越えるために大判のタオルケットを2枚買った。いちばん安かったやつ。新品特有の納豆と洗剤と塗料が混じったような不思議なにおいがする。少量を無料にするために一緒に買った不揃いバウムをそれぞれ8等分して、今日のコーヒーのお供にした。朝バウムを食べるとほどほどに胃袋が満足してよい。残りのバウムはタッパーに入れて冷蔵庫へ。明日からちょっとずつ食べていく。

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 昼前になると雨脚が弱まってきた。同居人と外へ出る。最寄りの小学校が投票所になっていて、10分弱歩いた。校門付近には、散歩だと思っていたのにわけの分からないままつながれている柴犬3匹が、吠えもせず大人しく待っていた。なんでみんな柴犬なんだ。選挙に来る人来る人、かわいいねえ、かわいいねえとちやほやしていた。選挙は混雑もせずスムーズに終了。柴犬は1匹になっていた。

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 昼の速報では、3年前の参院選よりは投票率があがる見込みだという。与党が単独過半数達成して圧勝するのだろうか。これまでの歴史を振り返れば、たぶんそうなる。それで、心を入れ替えて教育にお金かけてくれたり、賃金を上げてくれたり、減税してくれたらいいけれど、どうだろうか。

 午後は積読を消化していた。藤本タツキの『さよなら絵梨』を読み、宇佐見りんの『くるまの娘』を読み始めた。宇佐見りん、中上健次を愛読していることが伝わってくる文体だ。親族間の取っ散らかった感じ、『枯木灘』を読んでいるみたいだった。今はやりの言葉で言うと、ヤングケアラーの問題とか、そういった家庭不全の話だと思ったけれど、単純にそれを批判しているわけではなく、家族には憎しみもあり好きなところもあり、そのことが問題を難しくしていることそのものが書かれている。半分くらいまで読んだ。

 夜ご飯は鳥貴族に行った。外食は久しぶりだ。鳥貴族はニパチだったけれど、円安や物価高騰のあおりを受けて値上げをした。私たちの給与が底上げされることはない。世間では合計年収1千万超のカップルを「パワーカップル」と呼ぶらしい。私たちはそれに当てはまるけれど、鳥貴族くらいの価格帯で外食するのが限界だ。それ以上の高価な食事はほんとうに特別な時だけだ。普段はもやしを育てたり、ハンバーグに豆腐を入れて嵩増ししたりする。自分が小学生のこと、1千万なんて途方もない金額で本物のお金持ちだと思っていた。でもこれでは、生活はできても全然豊かだと感じることはない。
 こういうことを言うと、「工夫すればどうとでもなる」「サブスクを全部やめて、スマホSIMフリーにして、自炊して、削りに削ればいい。不満を言うのは甘え」と外野から言われたりもして、みんなで手をつないで貧しくなりましょう、という圧を感じて窮屈になることもある。所得倍増してほしいな。贅沢はしないから、たまの息抜きを許してほしい。トリキは変わらずおいしかった。

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